私という人間

目次

私が何者で、なぜ「信じないでください」と言い続けるのか

深夜の暗い部屋。
画面の光だけが、私の顔を青白く照らしていました。

私が少しずつ買い増して合計で2,000万円をつぎ込んだ、その仮想通貨。
それを扱っていた取引所が一つ、また一つとその名前を消していく。
昨日まで売り買いできたはずの場所に、その名前がもうない。

最後に、運営が作っていたホームページを開きました。
表示されたのは、たった三文字。

『404』。

——ページは、もうどこにもありませんでした。
コインも。運営も。私の、2,000万円も。

指の先から温度が抜けていく。
血の気が引くというのは、比喩じゃないんです。
本当に、体が冷えていく。

その夜、私は悟りました。
「ああ、私はいちばんやってはいけないことをやったんだ」と。

——はじめまして。
週足を起点に相場と向き合っている、一人のトレーダーです。
名前も顔も、出していません。

——といっても、長い足でのんびり持ち続けるタイプではありません。
大きな方向はいちばん大きな週足で決めますが、実際に注文を置くのは1時間足です。
“大きな流れに乗って、小さな足ですっと入る”。——それが私のやり方です。

歳は30代の後半、家族のいるどこにでもいるひとりの人間です。
——天才でも、選ばれた人間でもありません。

華やかな成功話を期待して来たのなら、ここはいちばんの期待外れです。

これは約10年勝てないまま何度も無様に転んで、
それでも立ち上がり続けた一人のしつこい人間の話です。

少しだけ、つき合ってください。

上司の背中が、私の「未来」に見えた日

約10年前、私は組織に勤めるただの会社員でした。

決まった時間に起きる。
決まった道を車で走る。
決まった席で決まった時間をすり減らし、決まった額を受け取る。

ある日のことです。
仕事の合間に、ふと上司の背中を見ていました。

何年もその会社にいる立派な人で、悪い人でもない。

でもその背中を見た瞬間、私は思ってしまったんです。

——これが、何十年か後の私の姿なのか。

背筋が、すっと冷たくなりました。
この椅子に、私は定年まで座り続けるのか。
このまま、この場所で——一生を終えていくのか。

何も、変わらない。何も、起きない。
ただ、決まった毎日が淡々と過ぎていくだけ。
——どこにも希望の見えない、未来。

その未来を、私はどうしても受け入れたくなかった。
ああは、なりたくない。
——心の底から、そう思ってしまった。

そして、私を追い立てていたものがもう一つありました。

——お金の不安です。

当時の私には奨学金の返済が800万円ほど残っていました。
毎月毎月、その返済が容赦なくのしかかってくる。

家計は毎月赤字で、ボーナスが入ってようやく年間でプラスマイナスゼロ。
——貯金なんて、できるはずもありません。

「安定した会社員」のはずなのに、私の足元にはいつもお金の不安がべったりと貼りついていました。

だから私にとって会社に居続けることは、安心ではなかった。
むしろ——不安しか、なかったんです。

抜け出したい。
ただその一心で、私はスマホで何かを探し続けました。

そしてある日、YouTubeでトレードという世界を知ったんです。

自分の腕一本でお金を生み出せるかもしれない。
場所にも、時間にも、上司にも縛られずに。

——心臓が少し速くなったのを覚えています。
私は迷わずスクールに申し込みました。

そして、必死に勉強した。
仕事のあとも、休みの日も。

——なのに、勝てなかった。
何をやっても、口座の数字はただ減っていく。

「才能が、ないのかもしれない」。
最初の壁は、いきなり高くて冷たかった。

妻に、頭を下げた日

そこで、私は考えました。

そもそも、戦うための元手がなさすぎる。
このトレードを続けるにも、まずお金を作らないといけない。

——だから、私は自分でネットを使ったビジネスを始めることにしました。

ところが、ここでも立ちはだかったのはお金でした。

それを学ぶためのコンサル費用が約100万円。
当時の私の口座に、そんな貯金は一円もありませんでした。
——それどころか、頭の上には800万円の奨学金がまだ残っている。

迷いました。
何日も、何日も眠れずに。

そして、私は——いちばんしてはいけないことに手をつけました。

その100万円のうち、約60万円は。
妻が、帝王切開で子どもを産んだときにおりた保険金でした。
家族の、大切なお金です。

私はその手をつけてはいけないお金を——
妻に深く頭を下げて、「使わせてほしい」と頼みました。

残りの40万円のうち、10万円も——
妻が大切に貯めていた貯金でした。

そして最後の30万円は、レイクで借りました。

無人の機械の前で申し込みのボタンを押すその指が、
少しだけ震えていたのを今でも覚えています。

「ここまでするのか、自分は」。
「もし、これもダメだったら」。

——でも、止まれなかった。
ここで動かなければ——
好きでもない仕事を、ただ生活のためだけに来る日も来る日も。
やりたいことには、一度も手を伸ばせないまま。
私はこのまま、静かに歳を取っていく。

妻に頭を下げた、あの惨めさよりも。
その未来のほうが、ずっとずっと怖かったんです。

当然、最初からうまくいくはずもない。
失敗して、別のスクールで学び直して、また失敗して。
毎月、借金の返済額が静かに肩にのしかかってくる。

それでも——約2年。
歯を食いしばって続けたその先で、ビジネスはようやく少しずつ回り始めました。

借金して始めたものが、私を食べさせてくれるようになった。
このとき、初めて思ったんです。
「諦めずに続ければ。人は、変われるのかもしれない」と。

あの手をつけてはいけなかったお金は、その後すべて返しました。
妻もいまは理解してくれています。それでも私は今でも、妻には頭が上がりません。
この感謝だけは、一生消えないと思います。

念のため、書いておきます。同じ選択を、あなたに勧める気はありません。
いま振り返れば、家族のお金や借りたお金で挑むべきではありませんでした。
うまくいったから、いま書けているだけです。

会社を、辞めた。それでも、満たされなかった

ビジネスを始めて約4年。

私は、会社を辞めました。
——脱サラ、です。

あの、上司の背中に何十年か後の自分の姿を見て背筋が冷たくなったあの場所から。
私は自分の足で、抜け出すことができた。

脱サラして、お金もある程度稼げるようになりました。
派手なことをしたわけではありません。
生活のレベルをほとんど変えないまま、
稼いだ利益を使わずに数年貯め続けただけ。
それでも気づけば、手元には——
会社員だった頃の私が見たら信じられないくらいの額がありました。

——でも。
それは、本当の意味での自由ではありませんでした。

お客さんへの対応、外注先とのやり取り。
日々、どこかで誰かとの間に問題が起きる。

気づけば私はまた、人間関係と時間に縛られていました。

会社という檻からは抜け出せた。
なのに、また別の檻の中で走り続けている——
そんな感覚がどうしても消えなかったんです。

心の真ん中に、ぽっかりと穴が空いたまま。
どれだけ稼いでも、どこかでずっと声がしていました。

「お前が本当になりたかったのは、これじゃないだろう」と。

——そう。
私の本当の夢は、最初からずっとトレーダーだった。

そして、私が心の底から欲しかったのは。
お金でも、肩書きでもない。
誰にも、何にも縛られない——“本当の自由”でした。

ビジネスは、その夢にたどり着くための長い長い回り道。

だから、私は戻りました。
資金も時間も手にした今なら。今度こそ、と。

——でも、相場はやっぱり私に微笑んでくれなかった。

あれほど遠回りして。資金まで作って。
それでも、勝てない。

FXだけではありません。株にも何度か手を出しては、戻ってきました。
合わせると、300万円近くが静かに消えていました。
一度に溶かしたのではありません。少しずつ、何年もかけて。

心が、折れました。
私はまた、トレードから離れます。

——それでも「早く、大きく」への欲だけは消えていませんでした。

次に手を出したのは、バイナリーオプションでした。
上がるか、下がるか——それだけを当てる世界です。

20万円ほどするサインツールを買いました。
チャートの上に「買い」のサインが自動で光る。
あとは、それを信じて押すだけ。
——考えるところを、丸ごとツールに預けたんです。

実際、小さくは勝てていました。コツコツ、コツコツ。
でも、ある日。
サインを信じて入った場所から、価格が戻ってこない。

いま思えば、あれは逆張りに寄った道具でした。
価格が下がっているところで「買い」を出す。
だから下げが止まらない日ほど、矢印は消えるどころか出続けます。

「ここまで下げたなら、そろそろだ」とまた張り、また張り——
そのあいだも価格は下げ続けて、矢印だけが光っていました。
コツコツ積み上げた分ごと一気に持っていかれました。
たった一日で、80万円。

そういう夜を何度か繰り返して——
ここでも私は、挫折しました。

そして、ここで。
人生で、いちばん愚かな選択をするんです。

2,000万円が、『404』になった夜

「ビジネスで稼いだお金を、一気に増やしてやろう」。
——そして、バイナリーで失った分もまとめて取り返してやろう。

焦りと、欲。
その2つが、私を最悪の場所へ引きずっていきました。

手を出したのは、SNSで話題になっていたある無名の草コインでした。

「これは、絶対に上がる」。
「今を逃したら、二度とない」。
——そんな言葉に興味を持った私は、自分の頭で考えることをやめて丸ごと乗っかったんです。

そして価格が下がり始めても、私は逃げなかった。

「安くなった。むしろ、買い増しのチャンスだ」。

そう自分に言い聞かせて、買い足す。
下がれば、また足す。下がれば、また。——ナンピンです。

本当は、わかっていたんです。おかしい、と。
でも、売れなかった。

売るということは「私は、間違っていました」と自分で認めるということだから。
それが、ただ怖くて。

——気づけば、つぎ込んだ額は2,000万円を超えていました。

そして終わりは、ある日静かに来ました。

そのコインを扱う取引所が一つ、また一つと消えていく。
売ろうにも、もう売る場所が消えていく。

そして、冒頭のあの夜です。
運営のホームページは『404』になり——
コインの価値も、運営も、私のお金もまとめてこの世から消えました。

下がり続けるコインを、私は買い増しながら握っていました。
最後は、売る場所そのものが消えました。

——苦労して、借金までして。
ようやく作ったお金が、たった一つの『404』の向こうに消えたんです。

それでも、夢は死ななかった

普通なら、ここで終わりです。
私もしばらくは抜け殻のようでした。

妻には、しばらく言えませんでした。
だいぶ経ってから、「実は」と自分から切り出しました。
妻は少し驚いて——それでも、怒りませんでした。
私のことを信じて、ただ受け止めてくれました。

でも——おかしいんです。
あれだけのものを失っても。
トレーダーになるという夢だけは、どうしても死ななかった。

そしてちょうど2、3年前。
私はX(旧Twitter)で、ある発信者と出会います。

その人の相場の見方に触れた瞬間、私の中で死にかけていた何かがもう一度動き出しました。

それまでの私が追いかけていたのは、2,000万円を溶かしたときと同じ「一発、大きく当てて逆転する」という幻でした。

でも、その人が語っていたのは真逆でした。

当てるのでは、なく。身につける。
運では、なく。技術。
一発では、なく。積み重ね。

相場とはギャンブルではなく、学べば堅実に積み上げていける——ひとつのスキルなのだと。

その一点が、私の中の何かを静かに書き換えました。

「この考え方なら——もしかしたら、私でもいけるかもしれない」。

私は、覚悟を決めます。
これが最後だ。今度こそ、本気でトレーダーになる。

パソコンを新調し、モニターを6枚ずらりと並べました。費用は約66万円。

——本気の証のつもりでした。
画面を何枚も並べれば、プロに近づける気がしていたんです。

光る6枚の画面。そこに映る、無数の値動き。
「これだけ揃えれば、もう勝てる」。

……そう、思っていました。

でも。
練習しても、練習しても。
まったく、勝てる気がしなかった。

6枚の画面は、ただ私の無力さを6倍にして突きつけてくるだけ。
理想と現実のあまりの遠さに、私はまた打ちのめされました。

そして約1年、私はまた相場から逃げました。

——何度同じことを繰り返せば、気が済むんだ。
自分に心底、嫌気がさしていました。

分かったフリを、やめた日

それでも。
どうしても消えない声がありました。

「ここで、諦めたら。
お前は、死ぬときに絶対後悔する」。

……戻るしか、なかった。
何度目かの再開です。

でも今度だけは、たった一つ決定的に違うことがありました。

私は、ようやく認めたんです。
闇雲に量だけこなしても、意味がないと。

それまでの私はダウ理論もエリオット波動も、
「なんとなく知っている」つもりでした。
——分かったフリを、していただけ。

だから、私は一度手を止めました。
そして生まれて初めて、本気で理論と向き合った。

なぜ、価格は動くのか。
なぜここで止まり、ここから走り出すのか。
チャートの一本一本の裏で、いったい何が起きているのか。

来る日も来る日も、同じ一点を見続けました。
わずかな空き時間さえあれば。
家族が寝静まった深夜の机でも。

そして、ある夜。
ふと、チャートが——ただの線の集まりではなくなったんです。

その一本一本の裏に、
「上がってほしい」「もう耐えられない」と揺れている、
大勢の人間の心理が。
——透けて、見えた気がしました。

そこから、すべてが変わりました。

当時私はXをよく見ていましたが、
そこでは多くの人が判で押したように同じ場所を狙っていた。

——大きく動いた相場が“戻ってくる”ところ。
伸びきった価格が、また平均へ引き戻される。
つまり、乖離からの収束です。

私も最初はそれを真似ました。
でも——勝率はなかなか上がらず、リスクリワードも悪い。

そんなある日、ふと思ったんです。

その“戻り”を待っている間に、価格はもうその手前でぐーんと大きく動いている。

——私が本当に取りたいのは、これだ。
みんなが狙う、戻ってくるところ(乖離からの収束)ではない。
その手前の“大きく動き出す、その瞬間”のほうだ。

だったら、私はみんなとは逆を行こう。
そこ“だけ”に狙いを絞ろう、と。

移動平均線に価格が一度、ぴたっと近づいて——
そこからぐっと離れ始める。つまり、収束からの拡散。
その“離れ際”の、いちばん勢いの出る初動。
私が取るのは、そこだけだと決めました。

——つまり、これが。
未来を当てにいくのを、やめるということでした。
予想して、的中させるのではない。
すでに動き出した流れの、その初動にただ乗る。
逆らわず、見送れるところは平気で何度でも見送って。
「ここしかない」という一点だけを、静かに待ち伏せる。

思えば勝てなかった頃の私は、いつも必死に「次は上がるか、下がるか」を当てにいっていた。
——当てようとすればするほど、私は外していたんです。

みんなと逆を向いて、当てるのをやめたその瞬間に。
相場は初めて、少しだけ私に味方をしてくれました。

約10年。
回り道に、回り道を重ねて。
ようやくたどり着いた、たった一つのやり方です。

このブログで話していることは、結局この一枚に戻ってきます。

派手ではありません。
でも今は——狙うのは損切り1に対して、利益は3以上。
それを守れたか破ったかまで、日付入りの記録で置いていきます。
(金額は言いません。負けた額は私の恥なので、そのまま置いていきます。でも勝った額を出せば、それは腕ではなく口座の大きさの話になる。あなたの欲を煽るだけの数字です。くわしい理由は『私が、金額を言わない理由』に書きました)

66万円分の“本気”を、売り払った

自分のやり方が固まったとき、私は笑ってしまうような事実に気づきます。

本気の証として、パソコンごと66万円かけて揃えたあの6枚のモニター。
——一枚も、要らなかったんです。

私のやり方は、無数の画面で値動きを追いかけ回すものではなかった。
いちばん大きな流れの向きさえつかんでおけば、あとは「ここしかない」という合図が来たときだけ見ればいい。

だから私は、6枚のモニターをすべて売り払いました。

がらんと広くなった机。
そこに残ったのは——Mac miniが、一台きり。

——机の上が、こんなに静かなものだとは知りませんでした。
そして不思議と、その静けさが心地よかった。

今では極端な話、スマホが一台あれば。
世界のどこにいても、相場と向き合える。
(自宅では、このMac miniを開いていますが)

——手軽だから、ではありません。
楽して稼げるなんて話でも、ない。

たった、これだけの身軽さにたどり着くのに。
私は、10年を使いました。
無名の仮想通貨に、2,000万円。
株とFXの往復で、さらに300万円近く。

欲しかったのは、お金ではなかった

ここまでの話で、気づいた方もいるかもしれません。

私は人生の岐路で、いつも「人に言われるまま」動いていました。
スクールで教わるまま。SNSの言葉に煽られるまま、草コインへ。
——自分の頭で判断していなかったから。
崩れたとき、すがるものが何もなかった。

その経験のちょうど裏返しが、私の原点です。

私が本当に欲しかったのは、お金ではありませんでした。
(脱サラして稼げても、満たされなかった。それが何よりの証拠です)

もう二度と、自分の人生の舵を他人に握らせない。
自分の目で見て、自分で決めて、その結果を自分で引き受ける。
——その「自由」こそが、欲しかったんです。

そして、その自由を。
家族との時間を削ってまで手に入れるつもりは、ありません。

いつか、子どもに。
「自分の人生は、自分の手で切り開ける」ということを。
言葉では、なく。背中で、見せたい。

机に縛られず、大切な人たちとどこででも生きていける。
——それが、私がまだ目指している場所です。

私に残ったのは、やめなかったことだけ

もう、お分かりだと思います。

私は特別頭がいいわけでも、センスがあるわけでもない。
むしろ人より、ずっと不器用で遠回りばかりの人間です。

スクールで、勝てず。
妻に頭を下げ、家族のお金にまで手をつけ。
脱サラしても満たされず。
トレードを再開しては、挫折し。
2,000万円を、溶かし。
モニターを6枚買っては——また、逃げた。

並べてみると、ほとんど失敗の博覧会です。

それでも、たった一つ。
これだけは誰にも負けない、と言えることがあります。

——やめなかった。

何度、無様に転んでも。
「ここで諦めたら、一生後悔する」とまた立ち上がってきた。

派手な才能は、なくていい。
「続けられること」。
それ自体がたぶん、私のいちばんの武器でした。

量はいつか、質を連れてくる。
私はそれを、頭ではなく10年分の傷で覚えました。

——人より、ずっと遠回りをしてきました。

でも、だからこそ。
私には痛いほど分かるんです。

勝てなくて、苦しい。
何をやっても、口座が減っていく。
「自分には、向いてないのかもしれない」と夜ひとりうつむく。

——その気持ちが、ぜんぶ分かる。
だってそれは全部、ほんの少し前まで私が立っていた場所だから。

だから、もし。
私のこの、遠回りだらけの発信が。
かつての私のように、もがいている誰かの。
ほんの少しでも、支えになれたなら。

——それが、私がこれを書いているいちばんの理由です。

なぜ、顔を隠して書くのか

「名前も顔も出さないのに、なぜわざわざ発信するのか」と
思うかもしれません。

私が語りたいのは、私の“すごさ”ではないからです。

肩書きでも、年収でもない。
ただ中身——どう考えて相場の前に立っているか——だけで、
受け取ってほしい。
派手なプロフィールで、あなたの目を曇らせたくないんです。

それと、もう一つ先に。
私は、あなたに自分の商品やコンサルを売るつもりはありません。
紹介するのは、私が実際に使って本当に良かったものだけ。
——友人に、そっと教えるように。それだけです。
(そのとき紹介料をいただくこともあります。それでも、良いと思っていないものを薦めることは断じてしません)

そして、もう一つ。

私は「成功して、頂上から振り返って語る人」にはなりたくない。

世の中の発信のほとんどは、勝てるようになった“後”の整えられたきれいな物語です。
苦しさも迷いも、震えた夜もいつのまにか感動的に加工されている。

私は、その逆をやります。

うまくいったトレードも。
無様にやられたトレードも。
怖くて手が出せなかった、あの夜も。

その生のまま。整える前のままを、記録として残していく。

——きれいな結論より、泥だらけの足跡のほうが。
たぶん、あなたの役に立つはずです。

だって、かつての私が喉から手が出るほど欲しかったのは。
完成された成功談ではなく、そっちのほうでしたから。

最後に ― 私を、信じないでください

長い話につき合ってくれて、本当にありがとうございました。

最後に、一つだけ。

私の発信を、これから読んでくれるとしても。
どうか、私を鵜呑みにはしないでください。

私が言うことを、あなた自身の目で、あなたのチャートで確かめて。
「確かに、そうなっている」と腑に落ちたものだけ受け取ってください。
腑に落ちないものは、迷わず捨ててくれて構いません。

私が渡したいのは、依存ではありません。

あなたが自分の判断で、自分の足で、相場の前に立てるようになること。
——10年、無様に回り道をした私がいちばん欲しかったその力そのものです。

もし、もう少しだけ私の話を

ここまで読んで、もし。
「この人の考え方を、もう少し聞いてみたい」と
少しでも思ってくれたなら。

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それでは。
どこかの相場の前で、またお会いしましょう。


次に読む

——この物語の「思想側」を一本にまとめた記事です。

——整える前の、今の生の記録です。


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本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
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