6枚のモニターを買いました。これで本気になれると思っていました。
並べてみても、勝てる気はしませんでした。そこから1年近く、私はチャートを開きませんでした。
数えてみると、相場から離れたのは3回か4回あります。これが、その最後の一回でした。
なぜ離れたのか。そして、なぜ戻ってきたのか。格好のつかない部分も、そのまま書きます。

私が受け入れられなかったのは、負けだけではありませんでした
離れる直前は、こんな状態でした。
エントリーしても勝てない。自分が入ると決まって逆に行く。口座の数字が静かに減っていく。
ただ、やめようと思った理由は「負けたから」だけではありません。負けること自体は、続けていれば起こります。私が受け入れきれなかったのは、その負けが突きつけてくる事実でもありました。
自分には、実力がない。
これを自分で認めきれませんでした。
チャートを閉じれば、その事実は見えなくなります。開かなければ減りません。下手だと確かめずに済みます。
私が逃げていたのは、相場からではありませんでした。自分の実力のなさからです。
だから、離れました。心のどこかで、原因が自分にあることは分かっていました。分かっていたから直視したくなかったんです。
チャートは閉じられたのに、Xは閉じられませんでした
離れている間、私はチャートを一切見ませんでした。アプリも開きません。
ただ、Xだけは見ていました。
ベッドの上で何気なく開いたXに、他人のトレードが流れてくる。「今日は20万勝った」「今月は月利12%」。自分のチャートは開かないのに、そういう投稿だけはたまに覗いていたんです。
見るたびに落ち込みました。焦りもありました。同じ相場を見ているはずなのに、なぜ自分はこうなれないのか。心の底から羨ましくて、歯がゆさでいっぱいでした。
いま振り返ると、あれが自分の本音でした。完全にやめた人間は、他人のトレードなんて見ません。見なくていいからです。
やめたつもりで、やめきれていませんでした。

頭の中で、消えなかった声がありました
チャートを見ない日々の中で、消えない声が3つありました。
- やらなきゃ、人生は変わらない
- このままでいいのか
- 夢は諦めていいのか
頭のどこかに、ずっとありました。
戻る理由は、勝てそうだから、ではありませんでした
もう一度やろうと決めた時の、決め手はこれです。
人生が終わる時に振り返って、自分の夢を諦めたことをきっと後悔する。そう心の底から感じたんです。
同時に、もう一つはっきりしたことがあります。家族をもっと幸せにしたい。自分が理想だと思う生活を、自分の手で叶えたい。その気持ちが、離れている間にかえって強くなっていました。
そこから1年間、腰を据えて勉強を始めました。今度は手法探しではなく、相場そのものの成り立ちからやり直しました。いま私が使っている型は、その1年の中から出てきたものです。

あの1年が、いまの入り方をつくりました
遠回りに見えて、繋がっていることが一つあります。
私はいま、負けた取引を隠さずに記録します。入らなかった日も、同じ場所に残します。自分の下手さを、数字のまま置いておくということです。
昔の私は、チャートごと閉じていました。実力のなさを直視できなかったからです。閉じている人間に、記録は残せません。
損切りを「良いデータ」と呼べるようになったのは、自分に実力がないと認めたところからです。認めてしまえば、あとは差を埋めるだけになります。
いまは週足に流れが出ていない銘柄に触りません。形が揃わない日は、注文を置かずに終わります。当てにいくのをやめて、待てるようになりました。
その全部が、「自分にはできない」と思って離れたあの期間の続きにあります。
- 違いをつくった出発点は、実力のなさを認めたこと。才能ではありません
- 認められないうちは、記録が残せない。記録が残せないと、同じ負け方を繰り返す
- 離れていた期間の続きに、いまの入り方がある
もし、いま離れている人がいるなら
これを読んでいる人の中に、いまチャートを開いていない人がいるかもしれません。
その状態を責める気はありません。勝てない日が続けば、離れるのは自然な反応です。弱いからではありません。痛いものから距離を取るのは、人として普通のことです。
私の場合、離れていた時間が楽だった記憶はありません。忘れられたわけでもありません。ベッドの上で他人のトレードを見ては、焦りだけが残りました。
そしてそのたびに、結局は戻ってきています。
だから私は、自分に才能があったとは思っていません。私に残ったのは、諦めきれなかったことだけです。たぶん、しつこさです。
ただし諦めないことと、負けながら口座に入れ続けることは別です。私が戻って最初にやったのは、勉強でした。
しつこさなら、才能がなくても持てます。

次に読む
——ここに書いた10年を、最初から最後まで。長い記事です。

——戻ってきてからの1年で、私が何をしていたか。

——「向いていない」という感覚の、正体について。
【ご確認ください】
本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。


