気づいた方がいるかもしれません。このブログには「今月◯◯万円勝ちました」という文が、一度も出てきません。
書き忘れではありません。方針です。私はこの発信で、損益の金額を出しません。代わりに、別の数字で全部を語ります。今日は、その理由の話です。

金額は、あなたの口座では再現できない
「今月+100万」という報告があったとします。この数字から読者のあなたが持ち帰れるものは、何でしょうか。
ほとんど、何もないんです。
損益の金額は、判断の質に資金量を掛け算した結果です。同じ場面で同じ判断をしても、資金が10倍の人は10倍の金額になる。つまり金額の大部分は、腕ではなく口座のサイズの話をしています。読者の口座は読者のサイズなのだから、他人の金額は参考書としてはほぼ白紙です。
だから私は、Rという単位で書きます。一回の取引で許した損失を1Rとして、その何倍を取れたか。「損切りの1に対して、3を取った(+3R)」。この数字なら、資金量が消えます。残るのは判断の質だけ。口座が10万円の人にも、1000万円の人にも、同じ意味で持ち帰れる数字です。

勝率も、実績としては言いません
もう一つ、私が実績として出さない数字があります。勝率です。
勝率は、その気になれば操作できる数字だからです。損切りを遅らせて小さな利益で素早く逃げれば、勝率は簡単に上がります。9割勝って10回目の一撃で全部を失う成績表でも、「勝率9割」は嘘ではない。私自身、勝率が立派で口座が減っていく時期を通ってきました。当時の履歴は小さな勝ちがきれいに並んだ後ろに、それを全部飲み込む負けがひとつ、という形をしていました。それでも画面の勝率の欄だけは、立派だったんです。その顛末は『勝率は高かったのに、口座だけが減っていった』に書いています。
単体で切り取れる数字は、飾れる数字です。私は、負けの大きさとセットでしか意味を持たない数字——Rの積み上げ——で語ることに決めました。
負けた月も、同じ物差しで書ける
そしてこれがいちばん大きな理由なのですが——Rで語ると、負けた月を隠す理由が消えるんです。
金額の文化では、勝った月しか画面に映せません。負けた月のスクショを上げる人は、ほとんどいない。結果としてタイムラインは勝ちの写真だけが並ぶ、奇妙な場所になります。
Rの文化なら、こう書けます。「今月は−1Rが3回、+8Rが1回。合計+5R」。あるいは「今月は−1Rが4回。ルールはすべて守った。−4Rは想定の中」。負けの月が恥ではなく、ただの記録になる。
私はこの発信を勝った写真を貼る場所ではなく、一つの型が長い時間の中でどう振る舞うかの記録として書いています。記録である以上負けの月を省略したら、その時点で価値がなくなります。全部を見せられる物差しを選ぶこと。それが金額を言わないことの、本当の意味です。

金額は変わる。物差しは変わらない
いつか資金が変われば、同じ+3Rでも金額は変わっていきます。数字の景色は、時間とともにいくらでも動く。
でも「どこで入りどこで切り、何倍取れたか」という物差しは、口座が小さかった日も大きくなった日も同じ目盛りのままです。
金額は、いつか変わります。
物差しは、変わりません。
次に読む

——「出さない」と「隠さない」を分けている、この発信のもう一つの方針です。

——飾れる数字に騙されていた頃の、私自身の記録です。

——この発信全体が何の記録なのか、という話です。

——数字を出さない私を、そもそも信じるべきではない理由です。
Rの数字が測っている中身——どこで入りどこで切るかという判断の型は、チャート設定ごと、無料の一冊『たった一つの形』に全部書きました。

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本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。

