私と経済ニュースの関係を、先にはっきりさせておきます。
為替のニュース解説を私は読みません。要人発言の意図も、アナリストの見通しも、円安の理由を説明する記事も読まない。その一方で、経済指標カレンダーだけは毎朝欠かさず見ます。
「ニュースを見ないなんて、目隠しで運転するようなものでは」と思われるかもしれません。私の実感は逆です。読むのをやめてから、視界は良くなりました。正直に言えば、読んでいた頃からニュースはよく分かっていませんでした。チャート1本でやると決めたとき、逆にスッキリした。それが本当のところです。なぜ解説は捨てて、カレンダーだけ残したのか。この奇妙な線引きの中身を開いていきます。

理由は、チャートより遅れて届くから
ニュース解説を読まなくなった、いちばんの理由。それは、あの記事たちが「これから起きること」ではなく「もう起きたことの解説」だからです。
考えてみてください。「利下げ観測でドルが売られた」という記事が世に出る頃、その売りはもう値段の中に入っています。書いた人より先に、世界中の巨大な資金が同じ情報で動き終えている。私たち個人が記事を読んで動く頃には、何番煎じでしょうか。
チャートはその点で残酷なほど正直です。すべての参加者がニュースも、思惑も、内部情報すらも注文という形で投票し終えた「集計結果」が値動きだからです。理由の解説を読むことは、開票結果が出たあとに演説を聞き直すことに似ています。私は演説ではなく、開票結果に従うことにしました。
もう一つの理由。物語は、握る手を狂わせる
もっと実害があったのは、こちらです。ニュースは物語をくれます。そして物語はポジションの握り方を狂わせます。
「この通貨は利上げが近いから強いはず」という物語を読んだ日の私は、チャートが下げ始めても降りられませんでした。物語が「戻るはず」と囁くからです。逆に弱気な記事を読んだ日は、正しく乗れている買いを早々に手放しました。
チャートだけ見ていれば済む判断に物語という第二の判断材料が混ざると二つが食い違った時、人は自分に都合のいい方を選びます。私の場合、物語は分析を豊かにしてくれず迷いの選択肢を増やしただけでした。

それでも、カレンダーだけは毎朝見る
では、なぜカレンダーは見るのか。あれだけが唯一「未来」が書いてあるからです。
雇用統計が今夜何時に出るか。それは解釈ではなく、予定です。私は指標の結果を予想しませんし、内容も後から追いません。ただ発表前後の荒れる時間帯——重い指標なら発表の2時間前から発表後30分まで——に新しく入らない、というルールを守るために時刻だけを確認します。
つまり、こういう線引きです。内容と理由は、読まない。時刻と予定だけを、見る。情報を絶っているのではありません。情報のうち「値段にまだ入っていないもの」だけを選んで受け取っています。
ニュースを読む時間は、まるごと浮きました。その時間は、チャートの記録と家族に回っています。世界で起きていることを知らないのは、少し不安でした。でも私が本当に知るべきことは、いつも画面の中に値動きとして先に届いていました。

次に読む

——カレンダーで確認した「その夜」の過ごし方です。

——「値動き=開票結果」という見方の本編です。

——物語ではなく、集計結果に従うという判断の土台です。
物語を絶ったあと、私が開票結果のどこを読んでいるのか。毎朝の確認の順番を、画面の設定ごと無料の一冊『たった一つの形』で開いています。

【ご確認ください】
本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。

