正しく入って、伸びると分かっていた取引を私は何度も自分の手で殺してきました。
思った方向へ走り出し、含み益がちゃんと乗る。あとは、ただ乗っていればいい。それだけのことができなかった。
ひとつ目の小さな揺れに怯えて、利益が育つ前に全部降りる。あるいは逆に「もっと伸びる」と全部を握りしめ、節目で反転して乗っていた含み益をまるごと吐き出す。
早すぎる全降りと、欲張りすぎる全握り。私の利確はいつもこの両極を、行ったり来たりしていました。
私はこれを、「メンタルの弱さ」だと片づけていました。違いました。
問題は心ではなかった。利益の手放し方に、段取りが無かった。 ただ、それだけでした。全部か、ゼロか。その二択しか持っていない者は、どちらに転んでもいちばん良い場所を取りこぼします。

まず前提——握る基準は「入った足」ではない
ひとつだけ土台を先に置かせてください。
早すぎる全降りの正体は、入口を測った細かい足の小さな揺れにいちいち反応してしまうことです。
入口の足は、引き金の解像度にすぎない。なのにそれを握りの基準にまで使うと、揺れるたびに怖くなる。虫眼鏡で地面を見ながら、山に登ろうとしているようなものです。足元の小石が山に見える。
握りの基準は、入った足ではなく自分が狙った波の大きさのほう——この話自体は別記事『家族の時間を奪わない戦い方は、根性ではなく設計でできている』で深く掘ったのでここでは前提として畳みます。
本記事で向き合いたいのは、その先です。狙った波の大きさで握ると決めたその上で、では利益をどう手放していくか。 全部握りと全降りの往復から、どう抜けるか。
「天井まで全部取りたい」——その欲が、私に利益を吐かせていた
正直に言います。「天井まで全部取りたい」という欲が私にいちばん、利益を吐かせていました。
大きく伸びる波ほど、途中で深く戻す瞬間がきまって来ます。
全部を握っていると、その戻しで積み上がった含み益が一気に削られる。耐えきれず、削られた後のいちばん悪い値で投げる。気づけば、いちばん良かった地点はとうに過ぎている。
全部取ろうとして、いちばん大事な中盤の利益をまるごと手放していた。
かといって戻しが怖くて全部を早降りすれば、その先の伸びはゼロ。全か無かで持つ限り、私はどちらに転んでも損をする構造の中にいました。

段階的に剥がす——三分割して、本流に乗り続ける
抜け道は両極の、あいだにありました。全部でもゼロでもなく、少しずつ剥がす。
私は持ち玉を三つに分け、流れの節目に来るたびにひとつずつ手放していきます。
手順はこうです。
この「節目」を感覚で決めないことが肝心です。
節目とは、前回つけた大きな高値・安値=多くの参加者が意識している価格帯のこと。そこは止まりやすく、戻されやすい。どこを節目とみなすかの見極めは別記事『線が効くのではない。そこに人の注文が溜まっているから、効く。』に譲ります。
最後の1/3を手放す「反転の合図」も感覚語にはしません。見るのは、自分が乗っている波の足の山と谷です。買いならその足で安値が切り上がり続けている限り、流れは生きている。直近の押しの谷を、その足の終値ではっきり割ったら、流れが向きを変えた合図——そこで全部降ります。その足の20本平均線の傾きや、価格とのクロスは後追いの確認役です。谷や山という「参加者の意志の跡」の読み方は別記事『線が効くのではない。そこに人の注文が溜まっているから、効く。』で扱います。

我慢比べが、三回の決済に変わった
三つに分けてから、私の利確は静かになりました。
ひとつ目を利確すれば、「少なくとも取った」という事実が残りを握る手から力みを抜いてくれる。損切りを負けない位置へ上げれば、最悪でも引き分け。だから最後の1/3を怖がらずに、本流へ乗せ続けられる。
もちろん、伸び切った時の取り分は全部握った時より減ります。その代わり、深い戻しで全部を投げる回が消える。
全か無かのときは、毎回が全財産を賭けた我慢比べでした。三分割は、その我慢比べを三回の小さな決済に変えてくれたのです。

- 握りの基準は入った足ではなく、自分が狙った波の大きさ
- 全部かゼロかで持つ限り、どちらに転んでも中盤の利益を取りこぼす
- 持ち玉は三つに分け、節目ごとに1/3ずつ剥がして損切りを引き上げる
- 最後の1/3は、狙った波の足で押しの谷を終値で割るまで握る
含み益を「自分のもの」と思った瞬間、あなたは負ける
最後に、入る瞬間にやることをひとつ。
「ここまで持つ」「ここで1/3ずつ剥がす」という段取りを、入る前に文字で書いておく。 これだけです。
含み益が乗ると、人はそれを「自分のもの」と勘違いします。自分のものだと思った瞬間、減るのが怖くなって段取りを無視し全降りする。
だからまだ含み益がゼロの冷静なうちに、剥がす順番を決めて紙に置いておく。
利確とは、勇気でも我慢でもありません。入る前に決めた段取りを、感情が騒ぐ場面でただ機械的になぞるだけの作業です。
全部握ろうとする欲を、三分割という段取りで殺す。それだけで吐き出していた中盤の利益が、私の手元に残るようになりました。
手放す順番を、含み益がゼロのうちに紙に書く。次に含み益が育ったとき、その紙どおりに動けたかだけを見てください。
動けたかどうかを紙に書いた段取りと一緒に、下のご案内から無料の一冊を受け取ると届くメルマガに返信で送ってください。個別のお返事はしていません。でも、全部読んでいます。
(利益を手放していく出口の話のその前段——「そもそも、どこで入るのか」を次の記事で。私がローソク一本を追うのをやめた日の話です。)
次に読む

——出口の対になる、入り口側の話です。

——入り口も出口も、先に決めて立ち去る。執行の正典です。

——握っている間の「心」の側。数字の錯覚との付き合い方です。

——分けて降ろす前に、全部を降りる合図を一つ決める話です。
入る前に段取りを書けるのは、入口から出口までの全体図が先に手元にあるからです。その全体図を、私のチャート設定込みで一冊の形にしています。

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本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。

