聖杯はどこにもありませんでした。
それでも勝てない時期ほど、私の本棚とブラウザのブックマークは新しい手法で膨れ上がっていきました。
今の取り方がうまくいかない。だから、どこかにもっと良いやり方があるはずだ。そう信じて次から次へと別の指標、別の流派、別の鉄板パターンに手を出す。
一つを覚えては捨て、また次へ。気づけば何一つ深く使い込まないまま、引き出しだけが増えていました。
器用貧乏、という言葉が当時の私の通信簿でした。
今の私は一つしか使いません。他を試したいという気持ちが消えたからです。これは精神論ではなく、相場の構造から来た結論でした。

入口は違っても、行き先は同じだった(前提)
他を試さなくなった、その土台にひとつの気づきがあります。
世にある様々な手法——波を数えるやり方、流れの向きを見るやり方、押し戻りの深さを測るやり方、線の傾きで読むやり方、前回の高値・安値を頼るやり方——これらは結局相場で起きている同じ一つの瞬間を違う角度から見ているだけだったということです。
なぜ全部が同じ一点に集まるのか、その理屈は別記事『勝てる瞬間は、たぶん1つしかない』で掘ったのでここでは前提として畳みます。
角度を変えて言い換えただけの道具を何十個並べても、行き先は変わらない。むしろここから先で言いたいのは「行き先が同じなら、なぜ道具を絞らないと上達しないのか」——そちらの話です。
新しい手法は、希望の顔をした時間泥棒だった
これが本記事の核心です。
引き出しを増やしていた頃、私が払った代償はお金よりも時間でした。
ひとつの取り方を損1に対して利益3で安定させるには同じ場面を何百回と見て、外して、直して、という反復がいります。最初はうまく扱えなくて、当たり前。失敗を重ねて、少しずつ手に馴染んでいく。
ところが勝てないたびに手法を乗り換えていた私は、どの取り方もその反復の入り口で投げ出していました。少しかじって、勝てないとすぐ次へ。
だからどれも一度も「使える道具」になる前に、棚の奥で錆びていったのです。

理屈は単純です。手法を増やすほど、一つあたりに注げる反復回数が減る。回数が減れば、どれも身につく手前で止まる。
新しい手法は希望に見えて、その実今いちばん磨くべき一本から時間を奪っていく泥棒でした。
勝てない焦りで道具を増やすたびに、私は自分の上達を自分の手で薄め続けていた。器用貧乏とは才能の話ではなく、反復を分散させた結果に後からつく名前でした。
※ 一本に注いだ反復が何を連れてくるかは『量が、質を連れてくる』に書きました。

増えていたのは引き出しではなく、入れる場面でした
時間を奪われる話は、まだ入り口です。
引き出しが増えるともう一つ、目に見えないものが増えます。入れる場面です。
1つ目の取り方では条件が揃わない相場も、2つ目の条件でなら入れる。3つ目まで持っていれば、ほとんどの日に何かは当てはまります。
当時の私は、それを「対応力が上がった」と呼んでいました。実際に増えていたのは、対応力ではありません。入る理由の数です。
そして入る理由が増えるほど、待つ理由が減っていきます。
これは相性の悪い組み合わせでした。相場で利益を残しているのは私の知る限り「たくさんの場面に対応できる人」ではなく、決めた1種類の場面だけを何度も繰り返し取る人です。手法を増やす行為は、その真逆へ自分を運びます。
いま私が持っているのは一つです。だから、当てはまらない日は何もできません。
「やろうと思えばできるが、やらない」ではありません。手を出す先が、物理的に無い。その状態を、自分で作りました。ルールが私を止めているのではなく、選択肢が最初から存在しない。意志の力で我慢する必要が消えたのは、この時からです。
引き出しを数えていた頃の私に一つだけ言えるなら、こう言います。それは引き出しではなく、入りたくなった日に開ける言い訳の棚でしたよ、と。
深く分かるほど、やることは減っていく
ただし一つに絞ることと、浅く済ませることはまったく違います。
私はなぜこの一点だけが取るに値するのか、なぜ他がここに集まるのか、その理屈を嫌になるほど深く掘りました。理解は限りなく深くする。
一方で、実際にやることは限りなくシンプルにする。押しが終わって流れが再び動き出す形になったときだけ、その押しの途中でできた戻り高値の外側で構える。それ以外は手を出さない。
理解の深さと、行動の単純さ。この二つは矛盾しません。むしろ深く理解した人ほど、行動は単純になります。何が本質で、何が枝葉か見分けがつくからです。

土台のない場所に、部屋を増やしていた
ここを取り違える人が多いと感じます。
「シンプルにする」を「浅く済ませる」と勘違いして、理屈を学ばずに手順だけ真似る。すると少し相場が変わっただけで対応できず、また新しい手順を探しにいく。
逆に理屈を腹の底まで理解すれば、表面の手順は一つで足ります。なぜその一点なのかが分かっているから、応用が利く。深さが単純さを支えているのです。
引き出しを増やしていた頃の私は、その逆でした。理解は浅く、行動だけが複雑だった。だからどの場面でも迷い、どの手法も中途半端で、何も身につかなかった。
理解が浅いまま手順だけを増やしていたので、相場が少し変わるたびに全部が使えなくなりました。
一つの形を使い込むほど、他に行き先が無いとはっきり分かってきます。新しい手法を探す手が止まったとき、私はようやく上達の入り口に立っていました。
道具を増やすのをやめてください、とは言いません。
ただあなたが次の手法を探している、その時間に相場はずっと同じ一点を何度も繰り返し見せ続けています。
私の結論も、借り物のままでは脆い
——ただし。
「一本に絞れ」という私の言葉も鵜呑みにしないでください。
私が他を試さないのは、自分のチャートで何百回も同じ一点を確かめたからです。
あなたはまだ確かめていません。
だから次の手法を探す前に、いま握っている一本を何百回かなぞってみてください。
次に読む

——なぜ「次」を探さなくていいのか。消える技と消えない描写の話です。

——一本に絞ったあと、それを「いじり壊さない」ための話です。

——手法の乗り換えより小さい単位の「聖杯探し」の話です。

——探し続けた年月が「無駄」で終わらない理由を、受け取る側から書きました。

——そもそも「プロ=どんな相場でも取れる人」という前提のほうが違っていた、という話です。
次を探す手を止めて、握る一本を決めるなら。私が何百回もなぞってきた一つの形は、チャート設定ごと無料の一冊に書き切ってあります。

【ご確認ください】
本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。

