「完璧に整った場面しか狙わない」。
これは、私の強みです。
そして、私をいちばん深く斬ってきた刃でもあります。
今日は、自分の刃で自分を斬っていた話を書きます。
私は、待てる人間です。
条件が一つでも欠けていれば見送れるし、何時間でも、何日でも整うまでじっと待てる。
この我慢強さのおかげで、要らない場所で手を出すことはだいぶ減りました。
ここまでは、強みの話です。
問題は、その完璧主義の刃の向きでした。
私はいつのまにか「完璧に整った場面」だけでなく、
「完璧な結果」まで求めるようになっていた。
正しく待ち、正しく入り、それでも負けた——
たった一度のその負けで、私は崩れました。
完璧を、結果に求めていたからです。

整った場面を待てるのは、本物の強みだ
誤解しないでほしいのは、完璧主義そのものは武器だということです。
相場には、条件が中途半端にしか揃っていない場面が山ほどあります。
なんとなく行けそう。たぶん大丈夫。おそらく上がる。
この「なんとなく」で手を出す人から、削られていきます。
私が削られにくいのは「なんとなく」を全部見送って、
条件が綺麗に重なった場面だけを待てるからです。
整うまで動かない頑固さは、相場では美徳になる。
せっかちな人には届かない果実を、待てる人だけが拾える。
ここまでは、刃の正しい使い方です。
妥協しないという一点で、私は何度も自分を救ってきました。

でも、結果に完璧を求めると刃は自分に向く
ところが同じ完璧主義を「結果」に向けた瞬間、
刃は反転して自分を斬り始めます。
正しく待って、正しく入った。条件は、すべて揃っていた。
なのに、相場はそんなこちらの正しさとは無関係に逆へ動くことがあります。
割の合う入り方を続けても、一回ごとの勝ち負けはこちらに決められない。
これは、どんなに腕を上げても消えない相場の前提です。
完璧主義の人間は、ここでつまずきます。
「正しくやったのに負けた」が、許せない。
整っていたはずなのに、なぜ。
その問いの答えを、自分の落ち度の中に探してしまう。
負けた一回を自分のミスだと思い込み、入り方を疑い、ルールをいじり始める。
本当は何ひとつ間違っていなかったのに、
完璧な結果が出なかったというただそれだけの理由で、
うまくいっていた手順を壊してしまう。
私は、正しく入って負けた一回のあとに何度も自分のルールを壊してはもっと悪くしてきました。
完璧を求める刃が結果に向いた途端、いちばん大事なルールを切り刻んでいたんです。

※ いじる手が最後に行き着く「手法ごとの乗り換え」については、『新しい手法は、希望の顔をした時間泥棒だった』に書いています。
自滅は、いつも同じ順番で進んだ
正しく入って負けた一回のあと、私が口座を傷めていく道筋はいつも同じ順番でした。
順番が見えてから、ようやく自分の崩れ方が分かりました。

ひとつ、否定。
「あの入り方が悪かったはずだ」と、何ひとつ間違っていなかった手順を疑い始める。
負けたという事実が、正しかった手順より重く感じられる。
ふたつ、改造。
疑い始めた手順に、条件を一つ足す。「次は、これも確認してから入ろう」。
一見慎重になったように見えて、その実たまたまの負け一回に合わせてルールを歪めているだけ。
整っていた手順が、ここで初めて狂い始める。
みっつ、形骸化。
足した条件のせいで、次は入れる場面が減る。
減ると今度は「厳しすぎた」と、条件を緩める。
足しては緩め、緩めては足し、気づけば元のルールは原形をとどめていない。
よっつ、崩壊。
何が自分のルールだったのか、自分でも分からなくなる。
拠り所を失った手は、また「なんとなく」で動き出す。
たった一回の負けが、手順を作り替える
完璧を求めて手順をいじったはずが、
いちばん完璧から遠い行き当たりばったりに戻っている。
——正しく入って負けた、たった一回。
それが、うまくいっていた手順をここまで作り替えてしまう。
崩したのは、相場ではない。
完璧を結果に求めた、私自身の刃でした。

この連鎖を断つ鍵は結局、自分を採点する「ものさし」を結果から別のものへ移すことでした。
ただそれは話すと一本まるごとかかるので、別記事『自信は、才能ではなく、回数の関数だった』に譲ります。
この記事で持ち帰ってほしいのは、ひとつだけです。
完璧主義は場面選びに向ければ最強の武器になり、結果に向けた瞬間、自分の手順を壊す刃に変わる。
刃そのものは、変わりません。
変えられるのは、向ける先だけ。
——あなたの完璧主義は今、場面を選んでいますか。
それとも、結果を責めていますか。
ここまで偉そうに書きましたが、ひとつ隠していたことがあります。
私は今でも、正しく入って負けた夜にルールをいじりたくなる指を必死で押さえています。完璧主義は、治りませんでした。向ける先を変える訓練を、毎回やり直しているだけです。「克服した」などと、口が裂けても言えません。
だから、この記事も信じ込まないでください。
「完璧主義は向ける先を変えればいい」——これは、私という一人の人間の傷の舐め方にすぎません。あなたの完璧主義が、場面に向いているのか結果に向いているのか。それを判定できるのは、私の言葉ではなくあなたの取引履歴です。負けた一回のあと、あなたが何をいじったか。そのログだけが嘘をつきません。
この記事は、もう閉じて構いません。開き直すべきは、あなたの取引履歴のほうです。刃がどちらを向いていたかは、そこに全部残っています。
次に読む

——「正しく負けた一回」を、財産として残す器の話です。

——完璧主義を「場面選び」に向けた先にある景色です。

——いじりたくなる夜を、手順で終わらせる15分の話です。
いじらずに済むのは、手順が最初から紙に書ける形で決まっているときだけです。私が守っている手順の全文を、チャート設定と一緒に無料の一冊へ書き出しました。

【ご確認ください】
本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。

