何も持っていない日は相場に参加できていない気がして、置いていかれている気がして、夜にチャートを開いては入れる理由を探していました。SNSを開けば、誰かが「ここでエントリーした」「ここで利益確定した」と言っている。見るたびに焦って自分も入り、かえって損切りになる。そんなことが何度もありました。休むことが損に感じられた——私にもそういう時期がありました。
ポジポジ病、という言葉があります。ポジションを持っていないと落ち着かず根拠が揃っていなくても、何かしら持ってしまう。勝てずに悩む方の相談でたぶん最多の一つです。
今日はこの病気の正体と、私に効いた唯一の薬の話をします。

正体は「参加していないと勝てない」という錯覚
あの頃の私を動かしていたのは一つの思い込みでした。
「打席に立たなければ、ヒットは打てない」。
正論に聞こえます。でも相場では、この正論が逆に働きます。なぜなら相場は毎日開いているのに、私が勝てる形は月に8回ほどしか来ないからです。
私の型は大きな流れの方向に押しが踏ん張って、もう一度走り出す——その瞬間だけを取る設計です。この形が来る日は限られています。ということは、毎日入っている時点で形が来ていない日にも入っている。つまり自分の型の外で根拠の薄い勝負を数十回、上乗せしていることになります。
参加の回数を増やすほど、型の純度が薄まって成績は悪くなる。当時の記録を見返すと、笑ってしまうくらいきれいにそうなっていました。
「待つ」が受け身だから、苦しい
とはいえ「じゃあ待ちましょう」で治るなら、誰も苦労しません。待てないから病気なんです。
私が気づいたのは待つことが苦しいのは待つが受け身の状態だったからでした。何もしないで我慢する。我慢は意志の力を消耗します。そして意志の力は夜のチャートの前で必ず負けます。
効いた薬は一つだけでした。待つことを能動的な作業に変えることです。
私は形が完成する少し手前まで来たチャートに先回りして注文を置きます。「この価格を超えたら入る」という逆指値——言ってみれば、獲物の通り道に仕掛ける罠です。置いたら画面を閉じて、立ち去る。形が完成すれば勝手に入り、完成しなければ何も起きない。
この置いた瞬間に、心の状態が変わります。「何も持っていない」ではなく、「仕掛けは済んでいる」。ポジションはなくても、その日の仕事は終わっているんです。手持ち無沙汰の不安はやることを全部やった人間には湧いてきませんでした。
罠の置き方そのものは『相場を追うのをやめて、罠を仕掛けて立ち去る』に詳しく書いています。

「今日も入らなかった」は、成果
もう一つ、私の記録の付け方を変えたことがあります。入らなかった日を記録するようになりました。
「形が揃っていないから、入らなかった」。これは何もしなかった日ではなく、型を守った日です。私はこれを成果として数えます。見送った場面のチャートも保存します。後から見返すと、「入らなくて正解だった場面」が山のように貯まっていてそれが次の見送りを楽にしてくれるからです。
ポジションの数は仕事量ではありません。型どおりの判断の数が仕事量です。その物差しに変わってから、何も持たない週がただの平和な週になりました。

- ポジポジ病の正体は「参加していないと勝てない」という錯覚
- 相場は毎日開いているのに、私が勝てる形は月に8回ほどしか来ない
- 待つのが苦しいのは、待つが受け身だから。意志の力は夜のチャートの前で必ず負ける
- 効いた薬は一つ。罠(逆指値)を先に置いて立ち去り、待つを能動的な作業に変える
- 仕事量はポジションの数ではなく、型どおりの判断の数。入らなかった日も成果
数えてみてください
最後に、一つだけ宿題を置いていきます。
先月の取引履歴を開いて、数えてみてください。全部で何回入ったか。そのうち、自分のルールの形が完全に揃っていた回数は何回か。
前者から後者を引いた数があなたのポジポジ病の重さです。私の場合その差がゼロに近づいた月から、口座の景色が変わり始めました。
数えて出たその差は、(記事末のご案内から)無料の一冊を受け取ると届くメルマガに返信で送ってください。どんな数字でも、全部私が読んでいます。
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——「待つを能動に変える」仕掛けの、具体的な置き方です。

——「入らない」にも、質の差があるという話です。

——見送りが我慢でなくなるまでの、心の変化の記録です。
私が月に8回ほどだけ待っている、その形の正体。罠を置く場所の決め方から普段のチャート設定まで、無料の一冊に書き切りました。

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本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。

