エントリーの瞬間、指が固まって動かない。
あれを、私はずっと「自分には度胸が足りない」せいだと思っていました。
今日は、その思い込みが間違いだったという話を書きます。
形は、分かる。ここで入ればいいことも、頭では分かっている。
なのに、いざ押す段になると手が止まる。
「もし負けたら」「もし騙しだったら」。
恐怖が割り込んできて迷っているうちに入り場は過ぎ、
3本も後のローソクで悔しさに任せて飛び乗り、刈られる。
損の3倍まで伸びたはずの場面を、
指が固まったせいで何度見送ったか、もう数えていません。
そのたびに、自分を「肝の小さい人間だ」と責めました。
気合いが足りない、覚悟が甘い、と。
でも、いくら気合いを入れても恐怖は溶けませんでした。
当然です。私は、原因を取り違えていたんです。
手が止まるのは、度胸の問題ではなかった。
堂々と入っていくあの人は、肝が据わっているのではなく、
ただ同じ場面を私より何百回も多く見ているだけ。
足りなかったのは度胸ではなく、同じ判断を繰り返した回数だった。

恐怖は、気合いでは溶けない
まず、前提をひとつ置かせてください。
恐怖は、根性論で消そうとしても消えてくれません。
「強い心を持て」「ビビるな」——
こういう言葉で、私の指は一ミリも軽くなりませんでした。
むしろ「ビビってはいけない」と力めば力むほど、
ビビっている自分を意識して余計に固まる。
気合いで恐怖をねじ伏せることは、私にはできませんでした。
では、何が恐怖を溶かすのか。
回数です。
同じ判断を何十回、何百回と繰り返すこと。
初めて通る夜道は怖くても、毎日通ればなんでもなくなる。
道が安全になったからではなく、その道を歩いた回数が恐怖を上書きしたからです。
恐怖は論破するものではなく、上書きするもの。
理屈で「怖くない」と言い聞かせても消えないのに、
ただ歩いた回数の前では静かに薄れていく。
エントリーも、まったく同じでした。
頭で分かることと手が動くことは別でした。
間を埋めたのは、回数だけです。

度胸のある人なんて、どこにもいなかった
ここで、自信というものの正体がひっくり返りました。
私はずっと、自信とは「生まれ持った度胸」だと思っていました。
度胸のある人は最初から堂々と入れて自分にはそれが無い、と。
違いました。
自信は才能ではなく、回数の関数です。
同じ場面で、同じ判断を何度も繰り返した人の指は軽くなる。
それは度胸ではなく、その判断に慣れたという事実そのものです。
私がその場面をまだ数えるほどしか見ていなかった頃、
隣で堂々と入っていた人は同じ場面を数え切れないほど見ていた。
差は肝の太さではなく、その場面を見た回数でした。
度胸が無い、と自分を責めていたのは間違いでした。
だとすれば、私がやるべきことは気合いを入れることではありません。
同じ判断を、淡々と回数こなすこと。
怖いまま、決めた形だけを決めた通りに繰り返す。
回数が積み上がれば、恐怖は勝手に痩せていく。
自信は気合いで先に作るものではなく、
回数で後から積み上がるものだったんです。

※ この回数を、どの順番で積むか。『練習の順番を、私は3年間違えていました』が、その失敗談です。
勝ち負けで自分を採点している限り、指は一生固まる
回数を積むために、最後にひとつ評価のものさしを変えました。
もし一回ごとの勝ち負けで自分を採点していたら、回数は積めません。
負けた回数だけ自信が削られ、また指が固まるからです。

だから私は自分を採点する軸を勝ち負けから、
「正しく繰り返せたか」に置き換えました。
決めた形で決めた通りに入れたなら、結果が負けでも、
その一回は「正しい一回」として数える。
すると、すべてのトレードが自信を積む材料に変わります。
勝っても負けても、正しく繰り返せたなら回数のカウンターは一つ増える。
負けが自信を削るのではなく、自信を積む側に回る。
この採点に変えてから、私は負けたトレードのあとでも
次の同じ場面に前より軽い指で向かえるようになりました。
勝ちではなく、正しく繰り返せた回数を数える
ここまで書いて、自分でも可笑しくなります。
あれだけ「度胸が無い」と自分を責め続けたのに、
必要だったのは度胸ではなくただの回数だった。
恐怖は、気合いでは溶けない。回数でしか溶けない。
だから私は勝ちを数えるのをやめて、正しく繰り返せた回数を数えることにしました。
指の震えは、もう「克服する」ものではありません。
回数を重ねれば、向こうが勝手に痩せていく。
それだけのことでした。
自信は、最初から才能の話ではなかったんです。
——でも。
ここまで読んで分かった気持ちだけ持ち帰るなら、あなたの指は明日も固まったままです。
私の言葉で、安心しないでください。
「自信は回数の関数だ」——こんなもの、私に言われて納得しても一ミリも軽くなりません。
確かめる場所は私のブログの中ではなく、あなたの実際の発注画面です。
同じ場面を十回、五十回と繰り返したとき、本当にあなたの指が軽くなっていくのか。
怖いまま正しく繰り返した回数が、本当に恐怖を痩せさせるのか。
——あなた自身の手で、数えて確かめてください。
数えてみて、何回目のあたりから指が軽くなったか。まだ何も変わらないという途中経過でも構いません。(記事末のご案内から)無料の一冊を受け取ると届くメルマガに、返信で送ってください。個別のお返事はしていません。でも、全部読んでいます。
答え合わせの相手は私の確信ではなく、あなたが積んだ回数です。
次に読む

——回数を、どうやって浴びるか。練習の話です。

——繰り返す対象の「たった一つの形」は、これです。

——回数を「本番で」積むための、崖の渡り方です。

——繰り返す対象を、なぜ一つに絞ってよいのかの話です。
回数を積むには、繰り返す対象の「同じ判断」が先に一つ決まっている必要があります。その私の「同じ判断」の中身を、画面の設定ごと一冊で渡しています。

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本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。

