例外を、一つも作らなかった線

一度だけ、この線に例外を作りかけたことがあります。

昔の話です。教科書にそのまま載せられるほど整った形が、目の前で完成しました。谷が二つ、その間にできた戻り高値——ネックライン——の抜け方まで綺麗で、あとは逆指値を置くだけ。

ただ一つだけ、条件が欠けていました。価格が、日足の20日線の下にいたのです。買いたい形が、買ってはいけない側に出ていた。

私はしばらく画面を睨んで、「今回は形が良すぎるから」と自分に言いかけました。その言葉を最後まで言わずに注文画面を閉じたのは、意志が強かったからではありません。同じ言い訳で何度も刈られた記憶が、まだ生々しかっただけです。

私は入らなかったので、その形がどうなったかは私の記録に残っていません。見送りは、結果を持ちません。

助かった話をしたいのではありません。あの夜に分かったのは、もっと厄介な事実でした。私が飛びつきたくなる形は、たいてい線の反対側のほうが綺麗に見える。

今日は、私のチャートで唯一例外を一つも作らなかった線の話をします。

目次

私のチャートで、条件が一つも付いていない線

私が日足に表示している移動平均線は4本だけです。3・20・60・100。この4本以外は入れていません。

そのうちの1本、20日線にだけ条件が付いていません。

やっていることは、一問だけです。それも、数秒で終わります。

  • 買うなら、価格はその線の上にいるか
  • 売るなら、価格はその線の下にいるか

上ならその通貨で私が触るのは買いだけ。下なら売りだけ。違えば、そこで終わりです。形がどれだけ完成していても一つ上の週足がどれだけ綺麗でも、その場では入りません。

条件が付いていない、というのはそういう意味です。「基本はそうだけれど、この場合は」という枝が一本も生えていない。私が持っている他のルールには、たいてい枝があります。流れが強い時/揉み合っている時/指標の前後。使い分けが要るものばかりです。

この一本だけは、使い分けがありません。だから迷いようがない。見るのは価格が線の上か下か、それだけです。

この一問を数秒で済ませられなかった頃、私は同じ言い訳を何度も自分に許していました。「今回は形が良すぎるから」も、その一つです。

完璧に見える形は、線の反対側にこそ出る

ここが本題です。

「線の上でだけ買う」と決めた瞬間、多くの人が疑問を持ちます。線の下にも綺麗な買いの形は出るのに、なぜそれを全部捨てるのか、と。

答えは捨てているのではなく、そちら側の形のほうがよく出来ているからです。

下げ続けている相場を思い浮かべてください。売り手はどこで買い戻すか。買いたい人はどこで拾いたいか。両方の思惑が、下げの途中の反発に重なります。だから下落の最中には、教科書に載せたくなるほど整ったダブルボトムが何度も何度も現れます。

一方、上昇が続いている相場の押し目はたいてい形が汚い。浅すぎて谷に見えない、ネックラインがどこか判然としない、気づいたら走り終えている。乗っていい側の形は不親切で、乗ってはいけない側の形は親切なのです。

理由も単純で、そこに人が集まっているからです。注文そのものが見えるわけではありません。値動きから、私はそう解釈しています。逆を取りたい人が集まる場所ほど注文が積み上がり、価格は素直に反発して形が整う。整った形の材料は、そこに集まった逆張りの注文そのものです。そして、その注文がまとめて刈られるところまでが一つの動きです。

だから「綺麗な形が出た」という事実は、私にとって安心材料になりません。むしろ、線のどちら側かを確かめる合図です。

順番を逆にすると、線は追認の道具になる

もう一つ、実務で効いている話をします。

形を探してから線を見るのと、線を見てから形を探すのは同じ作業ではありません。順番だけの違いに見えて、結果は正反対になります。

形を先に見つけてしまうと、人はその形に肩入れします。私はそうでした。谷が二つ揃った瞬間に、もう入る前提で画面を見ている。そこから20日線を確認しても、脳がやっているのは検証ではなく言い訳探しです。「ヒゲでは超えている」「今まさに超えようとしている」「日足の実体はほぼ線の上だ」。線は判定機から、追認の道具に格下げされます。

順番を逆にすると、この余地が消えます。

チャートを開いて、最初に見るのは価格が線のどちら側にいるかだけ。買い側だと分かってから、初めて買いの形を探しにいく。そもそも売りの形を見に行かないので、線の反対側の綺麗な形は視界に入ってきません。

つまり私の作業は、先に価格が線のどちら側かを見ること。そのうえで、その側の形しか探さない。これだけです。

綺麗な形に見惚れて背景を見失う話は『綺麗な形は、方向を保証しない』に書きました。今日の話は、その続きです。惚れる前に、順番で防ぐ。

100日線と20日線は、同じ線ではありません

ここで、混ざりやすい2本を分けておきます。

私は日足の100日線も見ています。ただし仕事が違います。

  • 100日線=戦い方を分ける線です。買いなら、価格が100日線の上で押し目を作っていれば流れに乗る場面。100日線の下で底の形を作っていれば、流れの変わり目を狙う場面です。売りはこの逆です
  • 20日線=そのどちらを選んだ場合でも、買っていい側か・売っていい側かを分ける線

つまり100日線は「どの戦い方か」を決め、20日線は「そもそも触れるか」を決めます。階層が違うので、片方がもう片方を免除することはありません。

だから流れの変わり目を取りにいく時ですら、20日線は順方向で守ります。天井の形が100日線の上で組まれるのはよくあることですが、私が売る瞬間には価格は必ず20日線の下にいます。形ができる場所と、入る場所は別なのです。

ここを混同すると「転換を狙っているのだから、線の反対側で入るのは当然だ」という理屈が立ち上がります。この理屈は一見もっともらしくて、実際には落ちてくる価格を素手で受け止める行為そのものです。変わり目を取る時の関門は『流れの変わり目だけは、逆を取る。ただし条件は、ひどく厳しい』に書きましたが、あの厳しい関門を全部くぐった後でも20日線の免除はありません。

例外を一つ作った線は、もう線ではない

なぜ、ここまで頑固にするのか。

例外を一つ認めた線は、その瞬間から線ではなくなるからです。

一度「今回は形が良すぎるから」を通してしまえば、次に来るのは「今回は週足の流れが強いから」「今回は指標明けだから」です。判断の主語が、線から自分に戻ってくる。そうなれば、あとはその場の気分で毎回考える作業に逆戻りです。私が長年やっていたのは、まさにそれでした。

条件が一つも付いていない、という不器用さそのものがこの線の性能です。

私はもう、この線と交渉しません。線の反対側にどれだけ完璧な形があっても、それは私が触る形ではありません。

この一本の線の、要点
  • 買うなら価格は日足20日線の上、売るなら下。違えばその場で終わり
  • 完璧に見える形は、線の反対側にこそ出る(逆張りの注文が集まるから形が整う)
  • 形を探してから線を見ると、線は判定機ではなく追認の道具に格下げされる
  • 100日線は「どの戦い方か」、20日線は「そもそも触れるか」。階層が違うので免除はない

今日、入ってはいけない側を見る

読み終えたあなたの手元には、まだ何の証拠もありません。ですから、確かめてください。

今日チャートを1枚開いて、わざと「入ってはいけない側」に綺麗な形を探してください。日足の20日線の下で、教科書どおりのダブルボトムを1つ見つける。それだけです。

見つかった時、あなたは自分の目で理解します。線の反対側にも形はある。しかも、たいていそちらのほうが綺麗だと。見つからなければ——反対側の綺麗な形に、まだ誘われたことがないなら——この線は今のあなたには要りません。

どの通貨のどこで、その形を見つけたか。線のどちら側だったかも添えて、下のご案内から無料の一冊『たった一つの形』を受け取ると届くメルマガに返信で送ってください。個別のお返事はしていません。でも、全部読んでいます。「探したが見つからなかった」の一行でも構いません。

例外は、相場が用意するものではありません。いつも、私が自分に許すものです。


次に読む

——同じ形が買いにも売りにも出る理由。今日の話の土台です。

——100日線の側の話。逆を取る時に重ねる関門です。

——そもそも方向を線で受け取る、その一段手前の考え方です。

——この線の反対側で何が起きているか。今日の話の、裏側の解剖です。

この一本の線を、どの足のどこに引いているのか。4本の設定と、線のこちら側でだけ待つ形の全体を無料の一冊『たった一つの形』に順番どおり置いてあります。

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本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。


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この記事を書いた人

トレードの本質を語ります。聖杯も未来を言い当てる方法もありません。あるのは相場の流れを見極め、優位性が生まれるまで待ち、間違えたら撤退するという地味な積み重ねだけです。私を信じる必要はありません。すべてご自身のチャートで確かめてください。

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