「これは私の波じゃない」と笑って見送れるまで

ひとつ、問いから始めさせてください。あなたが直近で「焦って飛び乗って」刈られたあの一回。あれは本当にあなたが選んだ場所でしたか。

あの頃の私はその問いに答えられませんでした。私のいちばんの敵は相場ではなく、他人のエントリーだったからです。

誰かが「ここで入った」と利益を報告している。そのスクリーンショットを見た瞬間、自分のルールがすうっと頭から消える。

「あの人が入れたなら、私も」。

気づけば、自分では選ばないはずの場所で慌てて成行ボタンを押している。方向も決まっていない、価格が一度戻って谷を作ったかも見ていない、ただ「乗り遅れたくない」その一心だけで。結果はだいたい損切りでした。

他人の勝ちを見るたびに、私は自分の口座を削っていたんです。今は同じスクリーンショットを見ても、心臓が跳ねません。「ああ、それは私の波じゃないですね」と心の中で静かに言って画面を閉じられる。我慢して、ではありません。ある一つのことをした瞬間に、取り逃しの恐怖そのものが消えたんです。今日はその話を書きます。

目次

取り逃しの恐怖の正体は、自分の形が無いことだった

なぜ、他人のエントリーであんなに揺れていたのか。突き詰めると、答えはひとつでした。私には自分の形が無かったんです。

「どこで入るか」が自分の中で定まっていないと、世界中のあらゆるチャンスが全部「逃したチャンス」に見えます。上がっても乗り遅れた気がするし、下がっても乗り遅れた気がする。他人が入った場所は全部「入れたはずの場所」に見える。

基準が無いからすべてが正解候補に見えて、すべてが取り逃しに見える。私は無限のチャンスに囲まれて、無限に焦っていました。

恐怖を消したのは、根性ではなかった

転機は根性でも、メンタル本でもありませんでした。取る形をたったひとつに決めたこと。それだけでした。

私が入る形はひとつだけと決めました。
(その中身=注文を先に置いて立ち去るやり方は、別記事『相場を追うのをやめて、罠を仕掛けて立ち去る』に譲ります)
大事なのは形の細部より、「ひとつに決め切った」という事実のほうです。例外を作らない。そう決め切った瞬間に、不思議なことが起きました。

自分の形が「これ」と決まると、それ以外は全部自動的に「私の波じゃない」に変わったんです。

他人がどれだけ派手に勝っていてもその入り方が私の形でなければ、それは私が取るべき波ではない。取り逃しでも、なんでもない。最初から私の取る形ではなかっただけです。

これは我慢ではありません。我慢とは欲しいものを耐えて諦めることです。でも私はもうそれを欲しいと思っていない。欲しくないものを見送るのに、我慢はいらないんです。

見送りは、損ではない。むしろ仕事だ

形を一つに決めてから、見送りに対する感覚がまるごと変わりました。

昔の私は見送りを「機会損失」だと思っていました。せっかくのチャンスを逃した、もったいないと。今は逆です。他人の形を見送れたとき、私は自分の形だけを待てています。

何もしていないように見えて他人の波を見送れている間こそ、私は自分の足で立っている。

そして、自分の形は何度でも巡ってきます。今日この瞬間に他人が取った波を見送っても、明日には私の形が私のチャートにやってくる。チャンスは無限にあるからこそ、私は私の形以外に一歩も動く必要がない。他人の勝ちに引っ張られて飛び乗っていた頃の私は、自分の形が来る前に他人の波へ乗って刈られていただけでした。

見送りが我慢でなくなるまで
  • 取り逃しの恐怖の正体は、自分の形が無いこと。基準が無いと、すべてが取り逃しに見える
  • 恐怖を消したのは根性ではなく、取る形をたったひとつに決め切ったこと
  • 形が決まると、それ以外は全部自動的に「私の波じゃない」に変わる
  • 欲しくないものを見送るのに、我慢はいらない
  • 自分の形は何度でも巡ってくる。だから他人の波に一歩も動く必要がない

頷くのをやめて、紙に一つ書く

冒頭の問いを、もう一度だけ。あなたが直近で刈られたあの一回は本当にあなたの形でしたか。それとも誰かの勝ちに引っ張られて、あなたの形ではない波に手を伸ばしただけでしたか。

取る形を一つに決めるまで、私はその問いにずっと答えられませんでした。答えられるようになった日に他人のエントリーはただの他人のエントリーに戻りました。

私の言葉は、確かめる材料にすぎません。

だから明日、自分の形をたった一つ紙に書き出してみてください。書けないなら——それがあなたが今まで取り逃しに怯えていた、本当の理由です。

紙に書き出した一つの形は、(記事末のご案内から)無料の一冊を受け取ると届くメルマガに返信で送ってください。書けなかった、の一言でも構いません。全部、私が読んでいます。


次に読む

——「取れない波」の代表格。見送りの各論です。

——「今日は無かった」を出席として数える。見送りを支える習慣です。

——「私の波」かどうかを、いちばん最初に決める順番の話です。

私がその紙に書いた「たった一つの形」を、チャート設定まで含めて無料の一冊に起こしてあります。書けなかった方への、私の答案です。

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本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。


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この記事を書いた人

トレードの本質を語ります。聖杯も未来を言い当てる方法もありません。あるのは相場の流れを見極め、優位性が生まれるまで待ち、間違えたら撤退するという地味な積み重ねだけです。私を信じる必要はありません。すべてご自身のチャートで確かめてください。

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