家族の時間を奪わない戦い方は、根性ではなく設計でできている

一日中チャートに張り付いていた頃、
私は家族と同じ部屋にいて誰の顔も見ていませんでした。

食卓でもスマホ。子どもが話しかけてきても、画面の隅。
夜中にこっそり起きて、値動きを確認する。

体はそこにあるのに、心はずっと数字の中にいる。

「これだけ見ているんだから」と、自分に言い聞かせていました。
でも見ていた時間の長さと口座の増減は、何の関係もありませんでした。

むしろ見れば見るほど、要らない場所で手を出して削られていく。

張り付くことを、努力だと勘違いしていたんです。

今は、チャートを見る時間が当時の何分の一かになりました。
それで、困っていません。

家族の時間を取り戻せたのは、私が忍耐強くなったからではない。
戦い方の設計を、変えたからです。

目次

方向は週末に決まっている。だから平日は、見なくていい

まず、見る時間を絞りました。

一日中細かい足を睨む必要は、まったくありませんでした。

鍵は、入っていい向きが「週末に決まっている」ことです。

いちばん大きな足の向きは、そう頻繁には変わりません。
週末に一度買っていい週か、売っていい週かを決めてしまえば、
その向きは平日のあいだほとんど動かない。

だから平日の私は、方向を一から探しません。

決まった向きの上で、流れが進んだかどうかを
4時間ごとにスマホで数十秒確かめるだけ。
細かい足を開くのは、入り時が近づいたその一瞬だけです。

張り付いていた頃は、これを全部平日の相場が動いている時間にやろうとしていました。

毎時間チャートを開いてはその都度「上か下か」をゼロから考え、
考えるたびに迷い、迷ったあげく決まっているはずの向きと逆に飛び乗っては刈られる。

方向が週末に決まっていると、知らなかった。
だから平日じゅう、もう出ている答えを何度も探し直していたんです。

探すたびに迷いが増え、迷いが余計な一手を生んでいました。

※ この週末の「一度決める」作業の実際の中身は、『私の月曜日は、3分で終わる』に書きました。

保有期間は、腕ではなく「乗った波の大きさ」で決まる

張り付かなくてよくなった、もうひとつの理由がこれです。

私は、利益確定を「時間」で決めるのをやめました。

昔は含み益が出るとすぐ怖くなって、数時間で利益を確定させていました。
せっかく大きな流れに乗っても、自分から小さくちぎって降りていた。

けれど——持っていられる時間は、私の根性ではなく乗った波の大きさで最初から決まっていたんです。

細かい足の小さな波に乗ったなら、ゴールは数時間先。決済も、早くていい。

でも大きな流れのいちばん太い波に乗ったなら、
ゴールは波が終わるまで——数日先のことも、数週間先のこともあります。

いちばん太い波というのは、上げたあと一度下げて止まってからまた上げ直していく、その上げ直しの区間のことです。私はここを第3波と呼んでいます。

それを数時間で切ってしまうのは、果実が実る前に枝を折るようなもの。

白状すると、数時間でちぎる癖のせいで
本来なら損の3倍も4倍も伸びたはずの流れを、損の1倍ぶんだけ取って
何度も自分から降りていました。

取り逃したのでは、ありません。
自分で小さくして、捨てていたんです。

だから私は入る時に「これはどの大きさの波か」を一行決め、
その波が終わるまで、途中の小さな揺れでは降りません。

張り付かなくていいのは、降りる場所を入る前にもう決めているからです。

自由は、気合いではなく配置でつくる

家族の時間を奪わない戦い方は、ストイックさの勲章ではありません。

むしろ逆で、頑張らなくて済むようにあらかじめ配置を組んだ結果です。

週末に方向を決める。
平日は4時間ごとに、数十秒。
入る前に、降りる場所まで決めておく。

この段取りさえ組めば、画面を睨み続ける時間は構造的に要らなくなる。

私が長時間チャートを見ていたのは、勤勉だったからではない。
いつ何をすればいいかが設計されていなかったから、不安で見続けていただけでした。

おかしなもので、張り付くのをやめてから口座のほうも良くなりました。

長く見ていた頃は、見ているうちに退屈して要らない場所でつい手を出していた。
画面を閉じれば、その「退屈ゆえの一手」がそもそも発生しません。

見ない時間が、余計なトレードを物理的に消してくれる。

私にとってチャートを閉じることは、サボりではなくいちばん効くリスク管理でした。

子どもが話しかけてきたとき、いま私は顔を上げて目を見られます。

それは、私が我慢強くなったからではありません。
見なくていい仕組みを、先に作っただけです。

自由は、根性で勝ち取るものではなく段取りで先に用意しておくもの。

そう知ってから、私のいちばん大事な時間はもう数字に奪われなくなりました。

強い意志で家族の時間を守ろうとするほど、私はそれを失っていました。最後に守ってくれたのは、意志ではなく紙に書いたほんの数行の段取りでした。守りたいものほど、気合いではなく設計に預ける。


次に読む

——「週末にまとめて決める」の中身です。

——「入る前に全部決めて立ち去る」執行の正典です。

——設計の話の、道具側の対です。

——「平日は数十秒」の実物。一日の視線を全部見せています。

週末に方向を決めて、平日は数十秒——この設計の中身を実際に使っているチャート設定から順に無料の一冊へまとめました。

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本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。


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この記事を書いた人

トレードの本質を語ります。聖杯も未来を言い当てる方法もありません。あるのは相場の流れを見極め、優位性が生まれるまで待ち、間違えたら撤退するという地味な積み重ねだけです。私を信じる必要はありません。すべてご自身のチャートで確かめてください。

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