私はもう、負けた日のチャートを、閉じません。

負けた日のチャートを閉じる。それが私の負けの扱い方のすべてでした。

見たくなかった。

損切りされた瞬間にウィンドウを消してなかったことにして、夜にこっそり別の手法を検索する。

「この手法が、ダメだったんだ」と。

これを何年も続けて、私はどこにも辿り着きませんでした。

転機はたった一つの開き直りでした。
負けを消すのをやめる。
負けを全部残すことにしたのです。

目次

損切りは、失敗ではない。データだ

順番をずっと取り違えていました。

「勝てないから、新しい手法を探そう」。
一見まともに見えるこの一手がいちばんの遠回りでした。

本当に先にやるべきだったのは手法探しではなく、「負けを溜める器」を作ることだったのです。

冷静になれば、当たり前です。

同じ負け方を繰り返しているのか、毎回ちがう負け方なのか。
それすら記録していなければ、分かりません。
分からないものは直せない。

私は直せないものを「手法のせい」にして、新しい手法に逃げていただけでした。

損切りは口座が減るイベントである前に、一件の観測記録です。
どの場面でどの根拠で入って、どこで否定されたか。

その一行が残れば、それはもう負けではありません。
次の一手を照らす、データです。

正しく入って負けた一回は、満点だ

ここがいちばん受け入れにくいところでした。

決めた手順どおりに入って、それでも逆に行って損切りされた。
この一回を私は「満点」と数えます。

勝ち負けはこちらの管理外です。
揺れるものを採点軸にすれば、規律が崩れる。

採点するのは結果ではなく、決めた通りに入れたか。
この採点軸の理屈そのものは別記事に譲ります。
(→別記事『自信は、才能ではなく、回数の関数だった』

本記事の話はもっと手前です。
その採点を可能にする「記録の器」が先だ、ということです。

詰まっていたのは手法ではなく、負けを残す器のほうだった

私が今やっているのは地味なものです。

一件入ったら連番をふって、台帳に一行残す。
場面、根拠、損切り位置、結果、そして「手順を守れたか」のチェック。

勝っても負けても、同じ重さで残す。
むしろ、負けのほうを丁寧に残します。

この器が無かった頃のある一件をよく覚えています。

買いで入って、すぐ逆に動いた。
本来なら、入った根拠が崩れる直前の安値のすぐ下で切るはずでした。

なのに私はその位置に価格が触れた瞬間、損切り注文を指でつかんでもう少し下へずらした。
「ここで切ったら、戻ったとき悔しい」——その一念だけで。

価格はそのまま下げ続けました。

膨らんでいく含み損の数字を私は夕食のあいだも風呂のあとも何度も覗き、
結局最初に決めていた位置よりずっと遠いところで耐えきれずに切りました。

本来の損切りの何倍も深い、傷でした。

その日は「相場が荒れていたから、仕方ない」で済ませました。

気づいたのはずっと後です。
台帳に何十件と並べて眺めて、初めて見えた。

「負けがかさむ時期は決まって損切りを後ろへずらしている」と。

一件ごとには言い訳できても、束にすると言い訳が効かない。
手法は何も悪くなかった。

それは私の癖でした。束で見返していなければ、一生「相場が荒れていた」で片づけていたと思います。

※ 損切りを後ろへずらす癖がどこまで傷を深くするかは『損切りを疑った日から、負けが大きくなった』に書きました。

負けが、感情から観測に変わった

面白いことが起きました。

台帳をつけ始めてから、負けが少しずつ怖くなくなったのです。

以前は損切りされるたびに自分の判断そのものを否定された気がして、目を背けていました。
今は損切りされると、半ば反射で「一件、記録が増えた」と思う。

痛みが消えたわけではありません。
ただ、痛みの隣に「これは次の材料だ」という冷たい一行が決まって並ぶようになった。

負けが感情の出来事から、観測の出来事に変わったのです。

そして月に一度、たまった台帳をまとめて眺める時間を取ります。

一件ずつ読むと言い訳が湧くのに、何十件も束で眺めると自分の癖が地形のように浮かび上がる。

「勝った取引は、どれも入り口でためらっていない」
「負けがかさむ週は、決まって損切りを後ろへ動かしている」。

一件の中にいると見えないものが束の中でだけ見える。

新しい手法をもう一つ買う前に、まず負けを残す器を作る。
順番はそれで合っています。

器が無ければ、何百回負けてもその負けはどこにも蓄積されずただ口座から消えていくだけです。

私はもう負けた日のチャートを閉じません。
閉じた数だけ遠回りしていたから。

私は強くなったから負けを残せたのではありません。負けを残したから、少しだけ強くなれた。


次に読む

——束で見返すための、画像側の器です。

——記録を三日坊主にしない、続く形の話です。

——負けた「当日の夜」にやる側の、15分の手順です。

台帳の「根拠」の欄は、取る形が一つに決まって初めて一行で埋まります。その私の形は、チャート設定込みの無料の一冊に残してあります。

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【ご確認ください】
本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。


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この記事を書いた人

トレードの本質を語ります。聖杯も未来を言い当てる方法もありません。あるのは相場の流れを見極め、優位性が生まれるまで待ち、間違えたら撤退するという地味な積み重ねだけです。私を信じる必要はありません。すべてご自身のチャートで確かめてください。

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