底を祈らなくていい。乗り場は、何度でも来る

一本一本のトレードを私はずっとばらばらの点として戦っていました。

今日はこの形、明日は別の形、勝ったり負けたりその都度ゼロから「さあ、どうする」と身構える。だから疲れるし、ぶれる。毎朝、知らない街に放り出されるような心細さでチャートを開いていました。点を、点のまま追いかけていたんです。

ある時から、見え方が変わりました。バラバラに見えていた一つ一つの場面は、実はひとつの大きな流れの「一生」のそれぞれの段階だったんです。

流れには始まりがあり、何度も押し目があり、終わりがあります。それが見えてから、毎回ゼロから構える必要がなくなりました。今日はその「トレンドの一生」の話です。

目次

底を当てにいった夜、私の口座は静かに溶けていた

ひとつの大きな流れには、はっきりした段階があります。

ひとつ目、誕生。それまでの流れが力尽きて、向きが変わる初動。価格が谷を2つあるいは山を2つ作って、それまでの動きを否定して反対へ歩き出す。ここが流れの生まれる瞬間です。ただしここはまだ転換したばかりで足元が不安定で、いちばん難しい。

白状すると、私はかつてこの「誕生の一点」ばかりを当てにいって口座を溶かし続けた人間です。

下げ続ける価格を見ては「そろそろ底だ、ここで反転する」と逆を張り、落ちてくるナイフを素手で掴んでは握った手ごと下へ持っていかれる。一回当たれば気持ちいいものだから、外しても外してもまた底を当てにいく。深夜、含み損の赤い数字が膨らんでいくのを眺めながら、「今度こそ底のはず」と祈っていた夜がいくつもありました。

あれはトレードではなく、当てっこのギャンブルでした。だから私は今、流れの誕生を主役にはしません。一点を当てる賭けは、もう十分やりました。

ふたつ目以降、収穫。一度生まれた流れはすぐ一直線には進まず、何度も一服しながら歩きます。浅く押してすぐ走り出すこともあれば、深く押してたっぷり休んでから走ることもある。この「一服してまた走り出す」初動が、流れが続くかぎり何度も何度も訪れる。

私が主に取るのはここです。誕生は一度きりだけど、収穫は流れが生きているかぎり繰り返しやってくる。

だから私は転換のたった一点をピンポイントで当てにいく必要がありません。流れが生まれたのを確認したら、あとはその流れが続くかぎり押すたびに何度でも乗り直せばいい。ひとつの流れを一回で取り切ろうと欲張る必要もない。一本道を、何度も往復して実りを拾う。それが私の取り方の全体像です。

浅い一服も深い一服も、同じ形を別の足で見ているだけ

ここがいちばん腑に落ちてほしいところです。

流れの「一服」には浅い一服(少し戻してすぐ走り出す)と深い一服(たっぷり戻してから走り出す)があり、ひとつの大きな流れの中でこれが交互に何度も湧いてきます。深く休んでは浅く走り、また深く休む。

大事なのは一点だけです。深い一服は日足で、浅い一服は4時間足で見ます。見る足——ものさしの目盛り——が違うだけで、「一服して、また走り出す」形は同じです。
(具体的な入り方は別記事『相場を追うのをやめて、罠を仕掛けて立ち去る』に譲ります)

同じひとつの獲物を大きな解像度でも、細かい解像度でも、何度でも取り直せる。私は新しい手法を10個覚える代わりに、ひとつの流れを目盛りを変えながら繰り返し刈っているだけなんです。

トレンドの一生と、乗り場
  • バラバラに見える場面は、ひとつの流れの一生のそれぞれの段階
  • 誕生(転換の一点)はいちばん難しい。当てにいくのは当てっこの賭け
  • 収穫は、流れが生きているかぎり何度でも訪れる
  • 入り方の形は浅い一服でも深い一服でも同じ。違うのは見る足の目盛りだけ
  • 乗る瞬間は、一服のあとにできた二つの底の間の小さな山(ネックライン)を抜けた一点だけ

点で戦うのをやめると、世界が静かになる

トレードを点で見ていた頃、私はいつも忙しなく、いつも不安でした。一回ごとに勝負が完結し、一回外すたびに世界が終わるような気がしていた。

流れの一生が見えてからは一回の見送りも、一回の負けも、長い一本道の途中のひとコマでしかなくなりました。今日取り逃しても、流れが生きているなら次の一服がまた来る。そう思えるだけで、指の震えが止まりました。

相場で起きていることは、たぶんあなたが思っているよりずっと単純で、ずっと繰り返しています。生まれて、何度も実って、終わる。それだけです。

一点を当てにいくギャンブルをやめて、生まれた流れに実るたびに乗り直す。乗る瞬間そのものは、いつも同じ——一服のあとにできた二つの底の間の小さな山(ネックライン)を抜けたその一点だけ。

私は点で戦うのをやめた日に、当てっこの夜から降りました。流れで戦う者は、もう底を祈らなくていい。次の一服は、流れが生きているかぎり向こうから来るからです。

——でも。
ここまで読んで、「なるほど」で終わらせないでください。

「トレンドには一生がある」。私にそう言われて、頷くだけなら何も変わりません。ご自身のチャートで確かめるまでは、頷かないでください。

明日、あなた自身のチャートでひとつの大きな流れを端から端まで、指でなぞってみてください。生まれて、何度も実って、終わる——その段階が本当にあなたの目の前のチャートにも刻まれているのか。一点を当てにいって溶かしたあの夜の私と、同じ轍をあなたが踏みかけていないか。

答えは私の言葉の中ではなく、あなたのチャートの中にしかありません。

なぞってみて、何が見えたか。その結果は、無料の一冊を受け取ると届くメルマガに返信で送ってください。個別のお返事はしていません。でも、全部読んでいます。


次に読む

——「収穫」の入り口になる、一服の見極め方です。

——浅い一服と深い一服を分ける「ものさし=足の大きさ」の話です。

——乗り場が来る通貨だけを相手にする、ふるいがけの話です。

『進みすぎは、一つの場所には出ません』〔🔗カード〕

——乗り遅れたか、進みすぎか。その見分け方を書いています。

流れが生きているかぎり巡ってくる乗り場を、私がどこで待ち構えているのか。乗り直しの手順は、チャート設定と一緒に無料の一冊へ収めてあります。

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【ご確認ください】
本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。


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この記事を書いた人

トレードの本質を語ります。聖杯も未来を言い当てる方法もありません。あるのは相場の流れを見極め、優位性が生まれるまで待ち、間違えたら撤退するという地味な積み重ねだけです。私を信じる必要はありません。すべてご自身のチャートで確かめてください。

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