私は自分が頭のいいタイプだとは思っていません。
これは謙遜ではなく、ずっと自覚していることです。
だから、賢く近道する戦い方は最初から諦めました。
代わりに選んだのは——下手なまま数を浴びること、でした。

「上手くなってから」では、一生始まらない
多くの人がこう考えます。
「ちゃんと理解してから、場数を踏もう」。
順番として正しそうに見えて、これだと一生始まりません。
理解は場数の手前で完成してはくれないからです。
私の最初の頃はひどいものでした。
一つの場面をその都度立ち止まって頭の中で言葉にしないと、判断できない。
「ここは均した線(移動平均線、MA)と価格が一度近づいて、また離れ始めている……
波でいえば二つ目の押しを経て三つ目が走り出す、その離れ際……だから……」と、
毎回いちいち翻訳していた。
遅いし、外れる。下手の極みです。
でも、その下手なまま私は数を浴び続けました。
リプレイで何百回も同じ種類の場面を流し、毎回うっかり間違えまた流す。
質を待たずに、量を先に稼いだ。

反射とは、浴びた数だけ蓄えたパターン認識
ある時から、変わりました。
考えてから判断していたのが、見た瞬間に浮かぶようになった。
「これは乗れる形」「これは触らない場面」が言葉になる前に、体に出る。
これは才能が芽生えたのではありません。
同じ形を何百回も浴びるうちに、頭が勝手にパターンとして畳み込んでいった。
その蓄積が反射の正体です。
ここで、FX固有の話を刺しておきます。
私が反射で見分けたいのはたとえば「押しを作ってから走る形」と「押しを作らずに一気に走ってしまう形」の差です。
前者は乗る場所と損切り位置が同時に生まれる。
後者は強く見えても乗る場所が物理的に無く、飛び乗れば利益が伸びる前に否定されやすい。
この二つは言葉で説明すると一段落かかりますが、何百回も浴びた目にはほぼ一瞬で別物に見えます。
最初はまったく区別できませんでした。
区別できるようになったのは賢くなったからではなく、ただ回数を重ねたから。

浅い戻りと、深すぎる戻りの差
もう一つ、反復でしか身につかなかった見分けがあります。
押しが「ちょうどよく」入って流れが生きている形と、押しが深すぎて流れそのものが壊れてしまった形の差です。
最初の頃の私は価格が戻ってくると、どこまで戻ったら乗っていいのかまったく感覚が無かった。
浅い戻りで飛び乗っては早すぎて損切りされ、
深い戻りで「まだ生きている」と勘違いしてはすでに向きが変わったあとに掴まされる。
この境目は数式で覚えようとしてもしっくり来ませんでした。
何百回も戻って走る形と戻って崩れる形を交互に浴びて、
ようやく目が「これは生きてる」「これは終わった」と勝手に言うようになった。
リプレイで場面を流す作業ははたから見れば退屈で、生産性のかけらも無い時間です。
同じような形を間違えては巻き戻し、また流す。
けれど、その地味な反復のなかでだけ頭は形を圧縮していく。
一回ごとの正解・不正解はどうでもよくて、効いているのは「浴びた総数」のほうです。
なお「反復が自信そのものを作る」という心理の話は別記事に譲ります。
(→別記事『自信は、才能ではなく、回数の関数だった』)
本記事の主張はもっと手前です。
自信うんぬんの前にそもそも読み——形を見分けるパターン認識そのもの——が反復でしか作られない、ということ。

下手な今が、一生でいちばん量を稼げる時だ
質が上がるのを待っていたら、いつまでも始まりません。
質は量の中からしか現れない。
下手な状態は量を稼ぐのに最適な状態です。
失うものが小さく、間違えても痛手が浅いうちにいちばん多く浴びておく。
※ その「痛手が浅いうち」から本番へ移るときの段差は『デモ口座と本番の間に、崖がある』に書きました。
私は賢くないから、これを地道にやるしかありませんでした。
でも、地道にやれることはたぶん弱点ではない。
頭の回転で近道できる人ほど、退屈な反復を飛ばしたがる。
飛ばせない不器用さが、結果としていちばん厚い反復を私に積ませてくれました。
数を浴び続けられる胆力だけは才能の有無と関係なく、自分で選べます。
質が整うのを待っている人はいつまでも一回目を始められません。
下手なまま浴びるのが怖いなら、それは才能の問題ではなく「上手くなってから浴びる」と順番を逆にしているだけです。
先に動くのはいつも量のほうです。
——とはいえ。
「量が質を連れてくる」という私の言葉をここで信じてしまわないでください。
これは賢くない私が下手なまま何百回も場面を浴びて、後からようやく腑に落ちたことです。
確かめる場所は私の文章の中ではなく、あなたが流すリプレイの中です。
退屈な反復の中で本当に考える前に「これだ/これは違う」が浮かぶようになるのか。
量の先に本当に質が現れるのか。
——あなた自身が数を浴びて、確かめてください。
私が浴びた回数は、あなたの目を一回も鋭くしません。今日、一場面だけ流してみてください。
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——何百回なぞる対象の「形」は、これです。

——浴びた量を、消さずに積む器の話です。

——積む相手は、自分の回数だけ。他人と比べなくなるまでの話です。

——量を積み始める前に、私は何度も相場から離れています。その期間の話です。

——その回数を、どういう順番で積むかの全体像です。
浴びる回数の前に、浴びる対象を先に一つへ絞る必要があります。私がリプレイで浴び続けている中身を、全体像ごと無料の一冊で渡しています。

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本記事は私の経験と考え方の共有であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。
投資には元本を割り込む損失のリスクがあり、最終的な判断はご自身の責任で行ってください。

